東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6395号 判決
原告
シンガー・ソーイング・メシーン・カムパニー
日本における代表者
ジャック・アーネスト・ロビンソン
代理人
古賀正義
外三名
被告
アンヂェロ・セオドル・ボロナキス
代理人
馬塲東作
外一名
主文
壱、被告は原告に対し
東京都世田谷区成城町四百四拾壱番地
家屋番号同町四四壱番
壱、鉄筋コンクリート造陸屋
根弐階建地下室付居宅壱棟
床面積 壱階 262.44平方メートル
弐階 117.19平方メートル
地階 37.45平方メートル
を明渡せ。
弐、被告は原告に対し自動車壱台(登録番号品五せ七四五六、車名プリンス、型式六参年、車台番号参―四〇―壱〇壱七五七、原動機の型式G2、登録年月日昭和参拾七年拾壱月九日)を引渡せ。
参、訴訟費用は被告の負担とする。
四、本判決は仮に執行することができる。
事実<省略>
理由
一主文記載の建物及び自動車の所有占有
右建物が中村勇一の所有であつて、同人が山九運輸機工株式会社にこれを一か月賃料三五万円をもつて賃貸し、右会社が原告にこれを一か月賃料四〇万円をもつて転貸し、右転貸につき中村の承諾を得ていることは、<証拠>によつて明らかであり、また右自動車が原告の所有に属することは<証拠>によつて明らかである。
被告が右建物及び自動車を占有中であることは当事者間に争がない。
二被告の占有権原
(一) 事実
次の事実は当事者間に争がない。
1 原告が昭和三九年七月数々の職歴を有する被告との間で同人を雇傭する旨の契約を結んだこと、その内容は、被告が、ミシンの販売業等を営む原告の日本支社開発部ゼネラル・マネージャーとして期間の定めなく日本において勤務し、雇傭契約存続中毎月二五日日本支社から三四万円及び本社からアメリカ合衆国ニューヨーク市において六〇四ドル一七セントの各報酬の支給、被告の四人の子女が東京にあるアメリカン・スクールに通学するにつき必要な授業料及び通学費の支給を受け、並びに被告が居住するに適する家具付の建物一棟及び自家用自動車一台の引渡を受け右雇傭契約存続中これを無償で使用できるというにあつたこと、
2 被告は同年八月二七日から日本支社で勤務していること、原告は当時右契約に従い被告に主文記載の建物一棟及び自動車一台を引渡し被告はこれを右契約にいう被告が居住するに適する家具付の建物及び自家用自動車であると認め、以来日本国内において無償で使用中であること。
3 原告は昭和四〇年一〇月一五日被告に対し同年一一月三〇日限り右雇傭契約を終了させるから同日までに右自動車を返還すべき旨、同年一一月九日付翌一〇日到達の書面をもつて契約終了の時期を繰り上げて即日とし、同月三〇日までに原告に右建物を明渡すべき旨の意思表示をしたこと。
(二) 準拠法の決定及びその内容
1 準拠法の決定
原告はアメリカ・ニュージャーセー州法にもとづき設立された法人であり、被告はアメリカ合衆国国籍を有することは当事者間に争がないから、本件の法律関係の準拠法をまづ決定しなければならない。
(1) 本訴請求は中村勇一の日本国内に存する建物の所有権及び原告の同国内に存する自動車所有権にもとづくから、右所有権の効果につき法例一〇条により目的物の所在地法たる日本法によるべきである。
(2) 原告は転貸人及び建物所有者に順次代位して右所有権を行使するのである。代位により保全さるべき右建物使用収益権に関し、右会社と原告との間の前記転貸借契約の準拠法を見るに、原告は外国法人とはいえ、<証拠>によれば、右会社は日本法人であり契約締結地及び目的物所在地は日本国内であることが明らかであるから、当事者の意思は日本法を準拠法とするにあると推認すべく、右会社と中村勇一間の賃貸借契約が日本法によるべきことは、その連結点に何ら渉外的性質が認められない以上当然である。
(3) 前記二(一)1記載の契約がアメリカ・ニュージャーセー州法にもとづき設立された法人である原告とアメリカ合衆国国籍を有する被告との間で、アメリカ・ニューヨーク州ニューヨーク市において、英語を使用して締結されたことは当事者間に争がなく、この事実と前記のように被告が原告日本支社のゼネラル・マネージャーといういわば使用者の利益を代表する職員として雇傭されたものであり報酬の一部はアメリカ合衆国ドル建で表示されニューヨーク市で支払われる約であつたこととを併せ考えれば、右契約を締結した際の当事者の意思は、右契約の成立及び効力についてアメリカ連邦法及びアメリカ・ニューヨーク州法をもつて準拠法とするにあつたと推認すべきである(法例七条参照)。
右契約において右継続的労務給付及び報酬の一部支払の各義務の履行地は日本である。そして日本法上右契約のように労働者が労務給付に伴い使用者の提供する建物に居住することを許容されるものについても、その成立及び効力に関し幾多の強行法規が制定されこれに違反する契約は無効とされており、その中には日本独自の規定も存するのである。しかしこれらの強行法規は私的自治の原則の例外を定める民法九〇条にいう公の秩序に該当するにしても、そのすべてが法例三〇条にいう公の秩序、即ち外国法を適用することにより破壊されるに至る日本の社会秩序に該当するものではない。従つて法例七条にいう準拠法指定自由の原則により一旦外国法を適用すべきものとされた場合に、継続的労務給付地が日本であり、日本に独自の強行法規たる労働法規があるという一般的な理由にもとづき法例三〇条を根拠として法例七条の適用を排斥すべきではない。たゞ個々の外国法規を適用した結果日本の労働法規によつて維持される社会秩序が個個的具体的に破壊されるか否かを判定すれば足りる。
2 アメリカ法の内容
アメリカ連邦法及びアメリカ・ニューヨーク州法によれば、使用者は期間の定めのない労働契約を組合活動を理由とする等不当労働行為に該当しない限りいつでも何らの理由もなしに解約できるのである(連邦法につき、NLRB v. Isis Plu-mbing & Heating Co. (322 F.2d 913)(1963); National Labor Relations Act,Sec 8(3);ニューヨーク州法につき、Martin v. New York Life Ins.Co.(148 N. Y. 117)(1895); Watson v. Gugino.(204 N. Y. 535)(1912)解雇手続に関しこのほか権利濫用をふくむ特段の法的規制をした法令判例を見出し得ない。使用者が労働者に対して住宅及び自動車等を提供し無償で使用させている場合でもこれと異なるところありとは認められない。
(三) 結論
1 右アメリカ連邦法及びアメリカ・ニューヨーク州法によれば、原告の前記昭和四〇年一〇月一五日及び同年一一月九日付の各意思表示は被告の組合活動を理由とする等不当労働行為に該当するとの主張のない以上有効であつて、右契約はこれにより終了したから、被告は同月三〇日限り右建物及び自動車を占有する権原を失つたものである。
2 本件につき日本労働法上重要な地位を占める信義則ないし権利濫用の法理を適用しないことは、直ちに日本の労働法によつて維持される社会秩序を破壊するとは断定できない。
けだし日本において解雇の意思表示の効力がこれらの法理により制限される実質的理由は次のとおりと考えられる。日本の労働市場は非流動的であり、嘗ては使用者に圧倒的に有利であつたのみならず、労働組合の団結及び交渉力は充分でなく、長期雇傭を前提とした年功序列賃金及び多額の退職金制度が一般に採用されている関係上、老若男女を問わず一旦解雇された労働者は、賃金、職務上の格付、退職金の算定等も含め同等又はそれ以上の労働条件を獲得して直ちに他に雇傭されることが困難であつて、解雇により生活上著しい打撃を受ける。こゝにおいて裁判所は労働者のかゝる事情と使用者の主張する企業経営上の要請とを比較考量して、そこに日本社会において妥当な一線を画すべく、解雇自由の原則に対しこれらの法理による制限を敢て加えたのである。
本件をみると前記のとおり被告はアメリカ合衆国国籍を有し、数々の職歴を経たのち右契約により、同国ニュージャーセー州によつて設立された法人の日本支社開発部ゼネラルマネージャーという使用者の利益代表者たる地位を取得して来日し、右労務に服しつゝ月額三四万円及び六〇四ドル余(邦貨換算約二一万円)の報酬を得るのみならず建坪約四〇〇平方メートルに及ぶ邸宅(その相当賃料は一か月三五万円ないし四〇万円である)及び乗用自動車の無償使用を許容されている者であるから、前記のような労働事情のもとにある日本労働者とは無縁の存在である。従つて右契約終了の意思表示につき信義則及び権利濫用の法理を適用しないからといつて法例三〇条にいう公の秩序に反するとは到底考えられない。
三よつて右建物につき転借権保全のため中村勇一の所有権を代位行使して明渡を求め、右自動車につき自らの所有権にもとづき引渡を求める原告の請求は全部理由があり認容すべく、民事訴訟法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。(沖野威)